街の歴史から知る相模原市|土器から人の暮らしが伺える

縄文時代を体感できる遺跡公園・勝坂遺跡

現代の相模原市は、神奈川県ないで横浜市、川崎市につぐ第3位の人口規模があり  東京都心まで電車で35-40分程度(相模大野より小田急小田原線の快速急行あるいは橋本より京王線の特急の場合)とても東京と密接にかかわる都市です。 隣接する町田市との経済的・地理的・文化的関わりが深く、共に業務核都市に一つの都市として指定されていた。近年、東京都心へ旧市域南部の相模大野から35分程、旧市域北部の橋本から40分程で行けるその交通の利便性から、東京のベッドタウンとしての人気が高まり人口が爆発的に伸びている。
※ 市内には相模原公園や相模原北公園をはじめとした大規模な公園が点在していることや、比較的自然な環境が近いことなどから若年世帯を中心とした人口の流入が続いている。市内に大学が多いことや、周辺都市の大学も相模原市内の駅を最寄とする場合が多く、更に多数の大学を抱える八王子市への交通が便利なため、学生の街としての顔も併せ持つ。また、市内には宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所相模原キャンパス(開所時は文部省宇宙科学研究所)があり、日本の宇宙科学の研究拠点として知られる。
※ 原始時代の相模原 
相模原に人々が住みついたのは3.5万年前ごろと推定されています。
関東ローム層といわれる赤土の層からは、旧石器時代の人々が使用した石器が出土しています。それらは主として相模川沿いや境川、鳩川沿いなどから発見されています。平成9年、田名向原遺跡では、約2万年前の旧石器時代の住居状遺構が発見され、国史跡に指定されました。
次の縄文時代の遺跡は中期(約4,500から5,500年前)のものが多く、境川、姥川、鳩川、八瀬川、相模川沿いなど市内百数十箇所の地点から発見されています。特に磯部の勝坂遺跡で出土した土器の一部は「勝坂式土器」と名づけられ、顔面をかたどった把手や豪華な文様で全国に知られています。
弥生時代の遺跡は市域にはあまり見られず、上矢部や上溝などから後期の土器片が発見されているに過ぎません。
史跡寸沢嵐石器時代遺跡概要 (相模原市の歴史から知る)
昭和3(1928)年7月、畑の耕作中に地表下に石が敷かれている箇所が発見され、長谷川一郎氏による発掘調査で敷石住居跡であることが確認されました。
敷石住居の最初の発見は、大正13(1924)年10月、現在の東京都町田市にある高ヶ坂遺跡で、神奈川県内で初めてとなる寸沢嵐石器時代遺跡の発見は敷石住居研究の黎明期にあたり、考古学研究史の上で欠くことのできない重要な遺跡です。
発見された敷石住居跡は東西約5.1メートル、南北約4.5メートルの楕円形の主体部をもち、床には河原石を敷き、その間に小石を詰めて固めて作っています。北東部に張出部が付き、中央には約60センチメートルの正六角形の石囲い炉を設けています。年代は、縄文時代中終末(約4,500年前)と推定されています。
現在は、六角形の建物の中に保存されており、敷石住居跡を間近に見ることができます。
 

相模原市の遺跡後

史跡勝坂遺跡縄文時代中期(相模原市の歴史から知る)
(約5000年前)の大集落跡です。大正15(1926)年、考古学者大山柏氏による発掘調査で発見された縄文土器は、立体的な装飾の文様や顔面把手(がんめんとって)(顔を表現した取っ手)などによって注目をあび、後に「勝坂式土器」として縄文時代中期のめやすとされました。
また、同時に発見された多くの打製石斧(だせいせきふ)を、土を掘る道具と考えて原始農耕論が提唱されたことは、我が国の考古学史上、極めて重要です。
昭和48(1973)年の発掘調査で発見された集落の一部、勝坂遺跡D区が昭和49年に国の史跡として指定され、昭和55年、59年に追加指定を受け、D区の面積は19,921平方メートルとなっています。
D区の東方、谷を隔てた台地に位置する大山柏氏の調査地点、勝坂遺跡A区では平成17(2005)年の発掘調査で発見された集落の一部、磯部字中峰2097番1ほか3,797平方メートルが平成18年1月26日に新たに追加指定され保存されました。

相模原市の勝坂遺跡

勝坂遺跡周辺は起伏に富んだ自然地形に、緑豊かな斜面樹林(段丘崖)、こんこんと湧き出る泉など、縄文人が長く暮らし続けた豊かな自然環境が今なお残されています。平成21年度には「大自然の中の縄文時代」を体感できる遺跡公園として整備しました。園内には縄文集落の雰囲気を再現し、土葺きと笹葺きの竪穴住居2棟を復元しているほか、周辺には竪穴住居廃絶後の窪地なども復元しています。また集落の終末期に登場する敷石住居のレプリカも屋外展示しています。公園内の管理棟には小スペースながら勝坂遺跡出土品やパネルの展示を行っています。相模原はこのように 歴史があり 古い時代から 人々が暮らし 現代では人口も80万にもおよび更に増えつつある都市です。このような都市だから こそ 自然と触れる環境も必要で 土に触れるのも 良いのでは ないかと思います。陶芸(土器)は土に触れて 形を作り 更に器として使い 相模原でも縄文の時代から土器としての 入れ物を 土で作り 使っていました。そう考えると 陶芸(土器)の歴史は数1000年前からの 歴史があり そんな陶芸をあなたも体験して見ませんか。神奈川県相模原市相模大野と隣接する東京都町田市にある陶芸教室師楽では 陶芸体験も出来ます。

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